大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和43年(ネ)1536号 判決

控訴人

(甲)

被控訴人

学校法人上智学院

右代表者

ヨゼフ・ビタウ

右代理人

和田良一

外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一、当裁判所もまた、控訴人の当審で新たに提出した疎明を斟酌しても、以下二項ないし一三項に記載するほかは、原判決と同一の理由により控訴人の本件申請を理由がないと判断するので、原判決理由の記載を引用する(ただし、原判決一九枚目表三行目に「昭和三年」とあるを「昭和三九年」に、同裏一〇行目に「退職金受領して」とあるを「退職金を受領して」に、二一枚目表一〇行目に「挨つ」とあるを「俟つ」と各訂正する。)。

二、控訴人が当審で付加した主張の1について。

寺田四郎が被控訴人を代理して就務規則を作成したことの疎明はなく、かえつて、〈証拠〉によると、就務規則の原案は、昭和二九年一月頃当時上智大学経済学部長をしていた寺田(理事就任は同年一一月以降)が同大学総長村上直次郎から命ぜられ、永井同大学事務局長とともに同年四月頃起草し、その頃被控訴人の理事会において、学校法人の業務として同案の採用を議決し、ここに就務規則の作成をみるに至つたものであることが一応認められる。すなわち、寺田は右のとおり就務規則の原案起草の事務をしたのに過ぎず、何ら理事を代理して学校法人の業務たる就業規則作成行為そのものを執行したものではない。さらに、本件全資料によつても、右寺田の起草行為ないし同意意見書作成行為等について民法第一〇八条の法意に照らし就務規則を無効とすべき事情を見出すことはできない。また、控訴人は、右就務規則は作成者において相手方と通じてなした虚偽の意思表示に基づくと主張するが、その疎明は何もない。

三、同2について。

昭和二九年五月六日施行就務規則が無効でないことは、前記引用の原判決理由三項(1)、(4)ならびに前項のとおりであるから、右就務規則の無効を前提とする同主張は理由がない。

四、同3について。

控訴人は、就業規則をもつて定年制を採用し、労働契約を改悪することはできないと主張する。しかし、労働契約に定年の定めがないということは、そのことだけから労働者に対し終身雇傭を保障し、あるいは将来にわたつて定年制を採用しないことを意味するものではないから、法律上は、労働協約、就業規則に別段の定めがない限り、雇傭継続の可能性があるということ以上には出でないものである。したがつて、就務規則で新たに定年制が採用され、控訴人にそれが適用されることになつても、そのことから労働契約が改悪されるに至つたということはできないのであつて(最高裁判所昭和四三年一二月二五日大法廷判決、民集二二巻一三号三四五九頁参照)、控訴人の見解は採用できない。

五、同4について。

就業規則届出義務違反(労働基準法八九条)が処罰の対象になつているからといつて、右届出を就業規則の効力要件と解さねばならないものではなく、就業規則届出義務を定める労働基準法八九条を公の秩序に関する強行法規と解すべき根拠はないから、控訴人の主張は採用できない。

六、同5について。

就業規則変更届添附の意見書が仮に無効であるとしても、それが直ちに就業規則の変更を無効ならしめるものでないことは、前記引用の原判決理由三項(3)のとおりである(しかも、同意見書は組合の機関の議決を経なければその効力がないと解することはできず、大林多吉において、組合の意思に反して、ほしいままに意見書を作成したとか、あるいは相手方と通謀した虚偽の意思表示に基づいてこれを作成したとかいうような事情は何ら疎明がない。)。

七、同6について。

就業規則の変更につき、労働者の意見聴取義務を定める労働基準法九〇条一項および変更届に意見書を添附すべき義務を定める同条二項が強行法規であるという控訴人主張を採用できないことは、前記六項で同法八九条について判示したところと同様である。そして、そもそも就業規則変更届に添附された意見書が仮に無効であるとしても、それが直ちに就業規則の変更を無効ならしめるものでないことは、前記引用の原判決理由三項(3)のとおりである。

八、同7について。

就業規則の周知義務違反を定める労働基準法一〇六条一項の規定が強行法規であるとの控訴人主張を採用できないことは、前記六項で同法八九条について判示したところと同様である。

そして、取締規定たる右労働基準法一〇六条一項違反が場合により就業規則の効力を左右するものであるにしても、本件の場合には、前記引用の原判決理由三項(4)摘示の事情があるから(たとえ、山辺秘書課長が控訴人に就務規則の閲覧を拒んだようなことがあつたにしても)、原判決の判断するとおり、本件就務規則の効力を否定すべき場合にあたらないと解するのが相当である。

九、同8について。

前記引用の原判決理由中三項(5)の判示するとおりである。

一〇、同9について。

控訴人は、昭和三九年三月三一日の控訴人の退職金受領行為が無効であると主張する。しかし、被控訴人の就業規則に該当する就務規則(乙四号証の二)及びこれに基づく退職金規程(同上)、被控訴人の内規たる定年規程(乙二六号証)から明白なとおり、被控訴人の就職者は満六五才に達した日の属する年度の末日の経過とともに何らの意思表示を要せず当然退職するのであつて、そもそも、定年退職者の退職金受領行為は何ら定年退職の効力発生要件とはされていない。ただ、退職金の受領によつて、退職者が自己の退職を認容したかどうかの問題にすぎない(すなわち、控訴人の右退職金受領行為の有効無効は、控訴人の定年退職による地位のそう失に何ら影響を及ぼすものではない。)。

なお、先に引用した原判決は、控訴人が本件定年制による退職を承認したうえ、これに伴なう退職金を受領した点から、控訴人において本件定年制の無効を主張することが信義則上も許されないと判示しているのであるが(原判決一八枚目裏八行目から一九枚目裏末尾まで)、本件の全資料によつても、控訴人の右退職の承認ないし退職金受領行為に関連して控訴人に要素の錯誤ある法律行為があつたことを窺うことはできない。(なお、付言すると、右のとおり被控訴人が控訴人に退職金を支給した際、退職金額中二〇万円について控訴人の前借した二〇万円を差引いたことは、控訴人の主張からも窺われるように専ら控訴人の希望からその便宜をはかつて退職金を引当てに貸付けてあつた二〇万円を差引いたものであつて、被控訴人において右貸付によつて控訴人の退職の自由を制約し身体的拘束をしようとしたものでないことは明白であるから、何ら労働基準法一七条の規定に触れるものではないと解せられる。)

一一、同10について。

被控訴人と組合との間において、昭和三五年改正就務規則の採用した定年制の規程について、控訴人主張のような合意があつたことについて疎明のないことは、原判決理由四項冒頭記載のとおりである。そして、右定年制施行後昭和三六年ないし昭和四〇年まで毎年その適用により満六五才に達した教職員が定年退職の取扱をうけていることも、原判決理由二項中(原判決一五枚目裏七行目から同一一行目まで)摘示のとおりであつて、定年退職後別の資格で就労することを論理の辻褄を合わせるだけという控訴人の見解には賛成できない。また、控訴人が当時定年退職を承認していたことは、原判決理由四項中(原判決一八枚目裏八行目から一九枚目裏一一行目まで)摘示のとおりである。

一二、同11について。

被控訴人が昭和三九年四月一日控訴人を特遇者として再雇傭したとき期間を一年と定めていたことは、原判決理由四項中(原判決二〇枚目表七行目から裏八行目まで)摘示のとおりである。

控訴人は、右一年の期間経過後の解雇ないし更新拒絶は権利の濫用であるというが、右特遇者について期間終了後更新の立前がとられていたとか、あるいは控訴人において就労継続を期待するにつき合理的な根拠があつたとか、(期間の定めがあるにもかかわらず)、期間満了による労働契約の終了を不当とし、これを権利の濫用とみるべきような事情については全く疎明がない。

一三、以上のとおり控訴人が当審で付加した主張(予告解雇に関する主張、保全の必要性に関する主張を除く。)は、すべて採用できない。

そして、右解雇に関する主張について判断するまでもなく控訴人の本件申請は理由がない。

一四、よつて、本件申請を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(柳川真佐夫 後藤静思 平田孝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例